料理は心!
松山の某老舗有名旅館の料理長が来られました。
その方は昔から交流のある方で、たまにこうしてお店に来てくれることがあります。
そして今日、非常に興味深い話をされていました。
料理長(以下 料)「巧君、料理は心だと言われるけど、それは間違えないよね」
私「はいそうですね。至極当然のことかと思います」
料「それはもっともなことなんだけど、食にまつわるものは全てそうだと思うようになってきたんだけど」
私「と言いますと?」
料「最近、地元の野菜の美味しいものを使いたいと思い、昔有名な産地であった集落などを見つけて、まだその野菜を作っている農家を探し、お願いして植えてもらうような掘り起しをやっているんだ」
私「へえ、いい話ですね」
料「それがうちの旅館で使うから作ってくれとお願いすると、やっぱり丁寧に作るんですよ」
私「そりゃそうでしょう」
料「いや、うちの店が有名だからとか老舗だからと言うのじゃなくて、行き先がわかり、行った先でも出元がわかると言うのは、それなりに気を使うと言うことよ」
私「なるほど。やっぱり物はいいですか?」
料「市販のものとは全く違うね。これだけおいしい野菜が作れるものかと思うね」
私「なるほど」
料「恐らく水や肥料も適当に撒くのではなく、丁寧に施し、農薬もいっぱい使うのではなく、必要最低限の量だけ撒いてくれるんだと思うのよ」
私「確かにそれが人の心と言うもんですよね」
料「そういうこと。料理と一緒だね」
と言うことだそうです。
確かに料理もどこの誰に食べさすのか分からなければ愛情の込めようもありません。
それでもプロですから、しっかりと作ります。
しかし顔が見えるのと見えないのとではやっぱり違うのです。
魚でもそうです。
漁師はプロですからなるべく鮮度が良く保てるように気を使います。扱いも丁寧にして身を傷めないようにすれば、それが収入につながりますから。
しかしそれももし自分の家族に食べさすのであれば、お金は抜きにして、それ以上に丁寧に扱う可能性もあります。
結局そういう結論なのです。
農家も漁師も料理人も一緒ということのようです。
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