必ず来る別れ
愛犬が昨晩死にました。
最近の犬は長生きするもので、昔は10年生きたら長寿といわれていましたが、うちの犬もこのところは15年以上は生きています。
今回のやつ(ポン吉という名でした)も16年は生きていたかと思います。
男前の柴犬で、今まで森脇家が飼った犬の中では恐らく最高の血統でした。
動きも俊敏で、喧嘩も強く、石手川の河川敷では鷺を捕らえた事もありました。
柴犬は余り水が好きでないにもかかわらず、散歩に行くといつも泳いでいた不思議なやつでした。
そんな活発な犬も寄る年波には勝てず、歯は抜け、だんだん弱くなっていくのが目に見えてきていました。
半年前からは頭の上に腫瘍が出来、鼻血が出始めてからは、本当に弱り行くのが早かったです。
このひと月はボケてしまい、ベランダのいろんなところに行ってはでれなくなり、引っ張り出して元に戻しての繰り返し。
仕方が無いのでお風呂の蓋を3つつなぎ合わせて、立て、丸くしてずっと歩きつづけるようにしていました。
こういう姿を見ていると非常に胸が痛みますが、犬に対してしてやれる術も無くただただ、終わり行く命を見守るのみ。
飼い犬から与えられる最後の試練であり、教え。
それが別れる悲しみ、そしてそれを乗り越えねばならない現実があるということ。
人の別れとも似た感覚を飼い主はペットから教えられているのです。ペットの命をかけた最後の奉公なんだと私はいつも考えています。
ポンのお陰で、色々思い出が出来ました。
写真があまり残っていないのがさみしいですが、あの世ではまた元気に走ることが出来るでしょう。
好きなだけ走って、遊ぶがいい。
おやすみなさい。ありがとう。
うちにもニッキー(ミニダックス)とミー(猫)という家族がいます。
どちらも、10歳になりますが人間で言うと私達と変わらない年らしいてす。
私はアレルギーがあるので、飼っていなかったのですが、事情があって預かることになったのが、4年前。
始めのうちはマスクをして世話をしていたのですが、不思議な事に慣れてきて可愛くなるとあまりアレルギーも出なくなりました。
でも、仰るように何時かは別れがくるのですね。
辛いけれど、後悔のないように大事にしてやりたいと思っています。
『大好きだよ』と抱きしめてやるのが何よりの供養になるのでしょうね。
ポン吉くんもきよみずさんちでの幸せな人生(?犬生?)にきっと感謝していますよ。
投稿: oginsan | 2007年10月22日 (月) 20時31分
>oginsan さん
今思えば「もっと遊んでやればよかった」なんて思うこともあります。後悔なんですかね・・・
まあ、それでも楽しい思いでもたくさんありますから、
幸せだったかもしれません。でも年取ってからの印象が強く残っています・・・
投稿: takumi | 2007年10月22日 (月) 23時01分