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2009年8月20日 (木)

お八重さん

お客さんが新聞の切抜きを持ってきてくれました。

私が京都の柊家で修行をしていた時、かなり歳を召された職員がいらっしゃいました。

みんなは「お八重さん」と呼んでいましたが、私は直接お話したことも無く

「こんな歳になるまで仕事ってできるものなんだな」

と驚いたのを覚えています。当時、おそらく90歳前。

腰は曲がり、足元も若干おぼつかなくなっていました。

他のお局さんの話では

「お八重さんは学校卒業してからずっと柊家に勤めていて、女中をしていたんだけど、今は玄関周りの仕事をしたり、お花を生けたりしているの。たまに玄関でお客さんの荷物を持とうとすると、申し訳ないから自分で運びますってお客さんに言われるんだって」

なんて笑い話をしていました。

他にも何度もいろいろと表彰されているという話と、かの川端康成氏からは非常に気に入られ、缶詰のときの担当もしていたそうです。その時「あなたをぜひ小説にしたい」といわれたのだけど、断ったらしい。

などたくさんの逸話は聞かされていました。

お客さんが持って来てくれた切抜きでは今年の2月に亡くなってしまったそうで、享年99歳の大往生だったそうです。

逸話で間違っていたのは、実はお八重さんは柊家に来たのは学校を卒業してすぐではなく、28歳のときだったようで、

川端康成氏からの小説の題材として・・・という話を断ったのも、当時は柄じゃないからとあっさり断ったような言い回しでしたが、実は後悔していたという事を知りました。

何せ50年も60年も前の話ですから、少しずつ装飾されていくのも無理の無い話し。まさに歴史な人でした。

そういう長く勤めて、能力のある方がいるお店がやはり成長していくんでしょうね。

何となく懐かしくなる新聞記事でした。

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コメント

本当に素敵なお話しですね。
まさに京都ならではの事ですよね~
伝統を重んじて、人も、物も大切にするって
刹那主義の現代においては、なかなか出来ないことですもの。

よく、京都の人は閉鎖的でよそ者には冷たいなんて言う人がいますが、そんな事は決してないと思います。
私も学生時代を過ごしただけですが、とても良い方に巡り合いましたよ。
何時行っても、また来たいと思う町ですね~。

>ogin さん
そうですね。人が言うほど悪くは無いと思いますね。でも商売はしづらいらしいですよ。松山と同じっくらい!
長い間人が働いてくれる、それだけでお店や会社って繁栄していくような気がしますよね。その象徴のような人でした。
典型的な終身雇用制度です

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